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60 紀堂 春節初四の祭萨玛
2014年2月3日、春節の初四。

この日は肇興から西南に山を登ったところにある紀堂村で祭りがあるので見に行った。

祭りは午後からで、とりあえず腹ごしらえしてから村へ登り、12時前に到着。会場になる鼓楼前の広場は祭りの準備をしている。

前日には、「抜河賽(綱引き大会)」があったようだ。


戯台も飾られている。


この日は、共同通信の取材チームも来ていて、初めは、どこか中国の大学の学生が研究で来ているのかと思ったが、取材しているノートをのぞき込んだら、やけにスラスラと読めるなあ、と思い、ふと気が付くとカタカナと漢字で、あれ日本語だ、と気が付いた。


12時半ごろから広場で会食が始まった。


ご馳走は、豚の沖縄でいうところの「ソーキ」と大根の茹で煮・茹でた豚の内臓とドクダミの根っこや香菜、唐辛子の和え物・蒸した鶏肉など。

 

萨玛を祀る神事では、お酒ではなく「お茶」が注がれる。

萨玛祭では、「傘」が依り代になるようで、ガラスの茶器も「ひょうたん」型で、ひょうたんも萨玛の表象のようだ。


瓢箪そのものも神事で使われる。


祭りに集まってくる人たち。

 
 
 

萨玛を祀る神事を行う一行は、村の役場前に集まり、上寨の鼓楼前から芦笙隊を先頭に、まず、大祖母「萨玛」を祀る廟に向かい、そこで祭師がお茶を注ぐ。


そして、次に、「萨温(さぁうぇん)」という大祖母「萨玛」に次ぐ二祖母を祀る小さな廟へむかい、そこでも祭師が茶を注ぐ。


そして、鼓楼前の広場の中央に祭師たちが陣取り、それを囲んで、「跴歌堂」が始まった。

「跴」というのは、「踏む」ということだそうで、日本でいえば、「踏歌神事」ということか。

地面を踏んで、土地の精霊、悪霊を踏み押さえ込む精神で行われる動作の「反閇(へんばい)」は日本の祭りの奥三河の花まつりでの「鬼の反閇」などでも見られる。

男女で交互に歌を歌うが、歌う時は手を繋いで輪を作る。

 

祭りの終盤に、半裸の男たちが乱入して、「禀報(びんばお)」という上申書を掲げて祭師に報告する。

その後「抬官人(たいかんれん)」という、2歳から5歳までの男の子と女の子が「役人」に扮して輿に乗せられ練り歩く。

ネット検索によると、

「侗族の英雄、呉志河を記念して始まったそうで、祝福や災害の解消を祈る、村の交流を促進する、子供の成長を祈るなど、文化的な意味合いがある。」

こうして祭りは最後の「踏歌」で17時ごろ終了した。



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