| 表紙 / 弥生の原郷を訪ねて / 侗族を中心にした春節時期の祭り/ 51 紀堂・登江 |
| 51 紀堂・登江
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| 翌1月23日は、肇興の西南の山のなかにある紀堂とその先にある登江へ春節のお祭りの日程を確認するために登った。 ここは、2012年10月18日にも訪れた。 この日の朝も冷え込み前の晩には雪が降り、肇興は朝もやに霞む。 |
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途中の棚田に立ち入り禁止の「草標」が立てられている。 |
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紀堂では、前回来た時には見落とした鼓楼を見に行った。 |
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ここは、1階の柱が高く、上部の柱も独特で興味深い。 |
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紀堂で春節の予定を聞いてから、登江へ向かい、村境を過ぎた所にある「五龍堂(うぅろんたん)」という廟に人だかりがあり見に行った。 |
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この廟には、中央に「大聖浦公」、向かって右が「檐公」、左が「招元師」の三位が祀られている。 。 |
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中へ入っていくと、呪い師と思われるおじいさんが太鼓を叩いて神事の開始を告げて、祝詞のような詞を神様に捧げて占いを受ける人たちが続いた。 |
占い神事は続いていたが、何人かの様子を見てから廟を出て登江の中を散策する。 この村では、「棕櫚」の木が目につく。 吉野裕子著「祭りの原理」の冒頭に、神木としての「蒲葵(くば)」について述べられていて、「熱田神宮社頭図」という挿絵がのっている。 それについて氏は、次のように記している。 「また『春日権現験記絵巻』(1309年)第七巻の熱田神宮社頭図には、柵でかこわれた左右二株の蒲葵が神木として画かれている。これは棕櫚ともみられるが、私は蒲葵と考えたい。」 しかし、その絵をみると葉っぱの形がまっすぐの棕櫚のようだ。 「百苗図」という少数民族の絵図の本があって、その中の侗族については、蒲葵が象徴的に描かれていて、侗族は、「越」の末裔で、蒲葵は越の象徴でもあるようだが、棕櫚も気候によって蒲葵の代わりになっているのかもしれない。 熱田神宮も「海部族」の宗廟で、正に海洋民族の「越」の末裔かもしれないと思った。 |
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この村の屋根飾りには「鳥」が目につく。 |
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戸口に掲げられた「魔よけ」。 |
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新築祝いの花火が上がっていた。 |
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働き者のおばさまたち。 |
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お昼も近くなり、とりあえず肇興へ下りることにした。 |
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