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若狭彦・若狭姫神社と鯖街道
2025年4月25日、24日の籠神社の葵祭の見物を終えて、その日は西舞鶴の道の駅で車中泊。

25日早朝4時ごろ起床。

目が覚めると私の車の周りはキャンピングカーなど車がいっぱい留まっていて、ここでお湯を沸かしたり、ドアをバタンバタンするのも悪かろうと、洗面とトイレを済ませて、とりあえず次の目的地の「小浜」へ向かう。

途中、夜が明けて、道の駅シーサイド高浜で一休みして、留まっている車も少なく、そこでお湯を沸かし、紅茶と昨日買っておいたアンパン、カステラパンで朝食とした。

そして一路、若狭彦神社を目指し7時ごろ到着。

DeAGOSTINIの「日本の神社96」によれば、

「遠敷川(おにゅうがわ)沿いに若狭彦神社が、そこから約1.5km下ったところに若狭姫神社が鎮座している。それぞれ若狭鎮守一宮・二宮と称され、当地では「上宮(かみみや)さん・下宮(しもみや)さんと親しまれている。ご祭神は、若狭彦神社が彦火火出見尊、若狭姫神社が豊玉姫命である。
 その歴史は古く、霊亀元年(715)に彦火火出見尊が白石(現・小浜市下根来(しもねごり)に降臨し、同神の眷属であった笠節文(かさのたかふみ)という童子が当地へ社殿を整えたのが創祀である。その後、豊玉姫命が養老5年(721)に降臨。同様に笠節文が社殿を建立した。同社は彦火火出見尊が降臨した9月10日と、豊玉姫命が降臨した2月10日にちなみ現在ではそれぞれ新暦に換算した10月10日と3月10日に例祭を行っている。
 両社の江戸時代中~後期に造営された本殿、神門、随神門と、貴重なシダ類やカゴノキの巨木がある若狭姫神社の社叢が県の有形文化財に指定されている。」

 

なかなか見事な狛犬が迎えてくれる。


参道は巨樹の中を進む。

二本の大杉が立ち、これは、「二の鳥居」と考えられているそうだ。

 

私も、巨樹を見上げ、「来し方」を想い、そんなに長くはないであろう「悠々淡々の行く末」を念じる。


さらに進むと「禊の神橋」がある。

 

そして、夫婦杉。

ここは、祈ることもなく巨木を見上げるだけ。


随神門の手前に「祓所(はらえど)」がある。


そして、随神門をくぐる。


吉祥八人のうちの四人(あとの四人は写真がブレブレにブレてしまった)。


門に興味深い貼り紙があった。


社殿は、修復中で見ることはできなかった。


寄付を募る看板に、社殿の写真があった。

社殿は、三間社流造り。


手水は湧水がひかれていて、そこの池にはイモリやモリアオガエルが生息する。


若宮は、社殿の向かって右側に位置する。

 

蟻通神については、「紀貫之の故事伝承」「枕草子記載の社名伝説」というのがあるとのこと。


これにて、神社前の道路を北へ約1.5kmの「若狭姫神社」へ向かう。

 
 

鳥居をくぐり、参道を進むと正面に神門(随神門か?)があり、ここにも「吉祥八人」が祀られている。

 

社殿の様式は、上社の若狭彦神社と同じ。


本殿は、流れ造り。

 

拝殿の奥、本殿の前に「鏡」が祀られている。

神紋は、「菊」。

 
 

社殿の脇に御神木の杉の巨樹が立つ。

 
 
 

御神木を仰ぎ見て祈る場所。

私も足形の上に立ち、御神木の大樹を仰ぎ見て、健康に感謝する。

 
 
境内末社

夢をかなえる神様の「夢彦神・夢姫神」を祀っている神社は、全国でもここだけだそうだ。

 
 
 
 

境内に、舞楽が行われるのだろうか、能舞台のような建物もあった。

 

若狭姫神社の御神徳の一つの「安産育児」についての由来。

「十月十日」というのは、「十カ月目の十日、正味九カ月と十日」ということを知る。


「乳神さま」と言われる大銀杏。

 

大銀杏の根本に子孫繁栄の「陰陽石」がある。


祭神の豊玉姫命にちなんでか、「玉」がたくさん並んで奉納されている。


神社に入るときは気が付かなかったが、鳥居は「見返り鳥居」、ということで、私も千年杉を見上げて豊玉姫命に別れを告げ、次の目的地の「鯖街道の起点」へ向かう。


「鯖街道の起点」へ向かう途中、「若狭歴史博物館」があったので寄ってみた。

嬉しいことに、ここでも70歳以上は優待されていて、無料であった。

というわけでもないが、「常設展示図録(1500円)」を購入。

常設展示は、「若狭のみほとけ」「若狭の祭りと芸能」「若狭のなりたち」「若狭から都への道」「若狭への海の道」がある。

私の興味のある「祭りと民族芸能」の情報を得られたのは嬉しかった。

また、「解体新書」の「杉田玄白」は小浜の人であったことを知る。

小浜の「御食国若狭と鯖街道」が「日本遺産プレミアム」に選定されている、ということで、「プレミアム」とはなんぞや、とネット検索してみると、

「 日本遺産が目指すべきモデルとして、日本遺産認定地域の最上位のランクとなるものです。 「御食国若狭と鯖街道」が全国で唯一選定されています。 若狭は、古代から「御食国」として塩や海産物などの食材を都に運び、都の食文化を支えてきた地です。」


そして、「鯖街道の起点」へ。

起点近くに、市営の1時間無料の駐車場がある。

 

起点には、「鯖街道MUSEUM」があるが、規模は極めて小さい。

 

2019年までは、趣のあるアーケードの商店街があったとのこと。

 
 
 

せっかく小浜へ来たからには「鯖寿司」を食べずにはおられない、と「御食国若狭おばま食文化館」や「お魚センター」「若狭フィッシャーマンズワーフ」のある小浜港へ向かう。

まずは、「食文化館」へ。

ここは、70歳以上に限らず、全ての人が無料。


館内には、鯖に限らず日本の食文化に関する展示がある。

私は、食文化にも興味があるので、ここは、面白かった。

 
 
 
 

元祖鯖寿司、「京都いづうの鯖姿寿司」。

通販で取り寄せると8000円ちかくになる。

 

町屋が再現されていて、その軒先に彩色されたお地蔵様が祀られている。

 

これも町屋に貼られていた疫病退散のお札。

 

一年の伝統行事と食。

 
 
 
 
 
 

私も水産大学で学んだが、小浜に日本最初の水産学校が開校したことを知る。


12時近くになり、お腹もすいたので鯖寿司でも食べようと駐車場近くのレストランへ行ったが、入り口にあるメニューにはそれがなかったので、フィッシャーマンズワーフへ行ってみた。

向かいにあるお魚センターはもう店じまいの準備をしているようで、フィッシャーマンズワーフの店を覗くと、旨そうな鯖寿司が冷蔵保存しなくても大丈夫、ということで、夜の晩酌用の純米酒とともに鯖寿司を購入。


「当店の鯖街道鯖ずし」は、日本近海で獲れた新鮮な「真さば」を米酢で〆め、すし飯は北海道の「利尻昆布」で炊き上げ、その間に昆布と生姜をはさみ昔ながらの竹皮に包んでおります。一本づつ心をこめてつくりあげた若狭の味をお楽しみ下さい。」、ということで、港を眺めるベンチに腰かけて、持参のビールとともに美味しい鯖寿司を堪能した。

竹皮で包んであるだけで、旨そうに見える。


食後、ビールのアルコールを抜こう、と食文化館の3階にある日帰り温泉の「濵の湯」で16時ごろまでのんびりする。

ここも、70歳以上は割引になった。

16時過ぎ、あとは家に帰るだけで、この日の夕方まで行けるところまで行こう、と小浜を出発。

途中、思いもかけず、「若狭鯖街道熊川宿」があり、1時間ばかり散策した。

 
 

趣のある宿場町の町並みが続く。


町に引かれている水路の水量が多く、勢いよく流れている。


松木神社の本殿へ上る途中にあった、磐座のような岩に佇む、中国の導師のような石造があった。


どこまで行けるか17時頃熊川宿を出発、琵琶湖の湖岸にでると、バイパスになって快調に走り、長浜の町に入るとちょうどスーパーマーケットに行き当たり、今回の旅の恒例になった割引のお惣菜を仕入れる。

今回は、4割引き。

 
 

ここで近くの道の駅をネット検索してみると、「浅井三姉妹の郷」がヒットして向かい、18時前に到着。

この日はそこで車中泊で、一杯やる。

お酒は、持参のサッポロ黒ラベルと小浜で仕入れた地酒。


翌朝、4時ごろ起床して出発。

朝は車も少なく快調に走り、揖斐川の堤防の道を伊勢湾方面へ下り、途中駐車スペースで前の夕方仕入れた4割引きの助六寿司とお湯を沸かしてほうじ茶にして朝食とした。

そして、23号線のバイパスで、蒲郡から豊川の区間もバイパスが開通して、浜松まで快調に走り、途中道の駅へ寄って野菜を仕入れて、9時ごろ帰着した。

今回は、スーパーマーケットで夕方の割引のお惣菜を仕入れて、のんびり晩酌することも覚えて有意義な非日常の旅であった。