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| 元伊勢 籠神社の葵祭り
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| かねてから海部族の元締めともいえる元伊勢籠神社は訪れたいところであり、毎年4月24には、2500年続く伝統神事の葵祭りがあるとのことで、今年はバイトの無い日に重なり、思い切って見に行った。 前日の23日に籠神社のある宮津市へ移動して籠神社とその周辺の神社などを見て回った。 23日夜は、神社近くの「阿蘇シーサイドパーク」で車中泊、早朝6時過ぎに近くに車を置いたほうが何かと便利だろうと神社の駐車場に入ったが、車を置いて一回り散歩して戻ると、駐車場の入り口に7時半からは祭りのため駐車場は使えなくなる、と看板が出ていて、1日分の駐車代金700円を無駄にして、前日見つけた天橋立近くの無料駐車場へ移動した。 「葵祭り」は、DeAGOSTINI「日本の神社 81 籠神社」によると、 「同社の葵祭の起源は古く、懿徳天皇の御代、皇紀154年(紀元前507)頃であるとされる。往古は4月の二の午の日に斎行されていたが、明治以降、新暦が採用されてからは4月24日に行われている。 同名の祭事は『賀茂祭』として京都の下鴨神社(賀茂御祖神社;かもみおやじんじゃ)と上賀茂神社(賀茂別雷神社;かもわけいかづちじんじゃ)で行われているものが有名だが、賀茂祭が「葵」を装飾に用いるのに対して、同社では「藤の花」を祭員の冠に挿すのが習わし。豊受大神をはじめとした同社のご祭神が藤と由縁を持ち、奥宮・眞名井神社の鎮座地が藤岡山(天香語山)であるなど、藤は籠神社と縁が深く、同社の葵祭は当初「藤祭」と呼ばれていたという。 祭りの当日は一番太鼓が開催を告げたあと、鳳輦(ほうれん)にご祭神の御霊をお遷しする神幸祭が執り行われ、祭りの要である御神幸(お渡り)へと進む。これはご祭神の再誕を示す『御生(みあ)れの神事』であり、『御蔭(みかげ)神事』とも呼ばれ、同社の最重要神事である。この神事は豊受大神の御生れの祭りとして発祥したが、のちに同神を祀った海部氏の祖神・彦火明命が宿縁によって丹波道主王(たにわのみちぬしのみこ)に生まれ変わり、天下に神威を示したことを伝える神事になったと伝わる。」 「葵祭の見どころは、各地区の氏子が奉納する『太刀振神事』。氏子たちは長い柄の太刀を振り回して妙技を披露する。これは神幸行列の前後を清める悪神調伏の神事で、貞観年間(859~877)に始まったと伝えられる。このほかに『大神楽』『鶺鴒囃子(ささばやし)』『大獅子』といった芸能が奉納される。」 |
| 朝、神社の神門前の神楽や太刀振りが行われる所には砂が盛られ笹が立てられている。 |
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| 脇には、各地区の幟が立つ。 祭りでは、6地区の氏子が神事を奉納する。 |
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祭りの進行については、「天橋立・葵祭のHP」を参考にした。 ●神楽 9時、難波野地区による、神の道を清める「神楽」が始まる。 「神輿の出発を前に獅子が舞う。地元では総じて神楽と呼び、神の道を先に進んで清めておく役割も果たしている。」 神楽が終わると宮司など神職が鳥居をくぐり、拝殿へと向かう。 |
●太刀振り・大獅子 次に、「神門の下では神が神輿に乗って出発することを祝う太刀振りが奉納される。神門を入った拝殿周辺では大獅子が暴れて神域を清める。」 10時半ごろ、国道で待機していた溝尻地区の太刀振りの一行が境内へ進んでくる。 太刀振りの一行が入場すると、門前に盛られた砂山は崩されて、舞手はその砂を蹴散らして太刀振りが奉納される。 太刀振りが奉納されている間、江尻地区の氏子が大獅子で神門から内に向かって暴れる。 何度も暴れて、回を追うごとに暴れ方が激しくなる。 太刀振りが終わると、念仏のような「笹囃し」が奉納される。 |
この間、神輿が拝殿前に運ばれてくる。 神門の前後をあっちを見たりこっちを見たり忙しい。 |
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●御神幸 「神を神輿にうつし旅に出る。担ぎ手不足などから大神輿は休眠していたが、鎮座1300年を機に神輿を修復。60年ぶりに今年復活する。」 11時半ごろ、神輿の屋根に鳳凰が取り付けられ、神輿に続いて、宮司以下祭員、威儀物や御幣などを捧げ持った供奉者による行列が神社を一周する。 その間、神楽の獅子や大獅子も道路や道筋の家々を周って暴れている。 この間、時間あり、とみて門前のスーパーマーケットへ行って、助六寿司とノンアルコールビールを仕入れて神社脇の岩に腰かけて昼飯とした。 |
●還幸祭 「神輿行列は神社の周りを一周し再び本殿へ。神は旅することで生まれ変わり、恵みを授ける力を新たにすると信じられている。神輿の渡御は「滅 びと再生」を意味する神事だ。」 12時過ぎに神社の方へ戻ると既に中野地区の太刀振りの一行が道路で踊っていて、神門で神輿の還りを待っていると、幟を持って、神楽の衆などが次々に走って境内に戻ってきた。 そして13時ごろに神輿の一行が還ってきて、その後を、中野地区の太刀振りの一行が入ってきて、次の大神楽の奉納が終わるのを待っていた。 |
●大神楽 「神職が祝詞を上げて神を迎えている間、神門前では生まれかわった神を祝福する神楽「六遍返し」が奉納される。」 14時前に大垣地区の氏子が奉納する大神楽の獅子舞が始まった。 |
●太刀振り 「太刀振りの一行が神輿行列を先導し、祈りがしっかり 届くようにと道を清める。神輿行列が神社に戻ると神の再生を喜ぶ舞を奉納する。」 とあったが、この太刀振りの一行は、神輿が還御した後入場して、大神楽の間は待機、そして14時過ぎに中野地区の太刀振りが始まった。 この一行は、見せ所の「跳び」がなかなか見事だった。 |
●太刀振り 「神輿が戻り他の奉納が終わると「チャーハイ」の合図で行進が始まる。神門前で刀を跳び越える見せ場では「よう跳ぶもっと跳べ」と声がかかる」 祭りを締めくくるのは、江尻地区の太刀振り。 15時過ぎに、女子を先頭に入場してきた。 この地区は子供が少ないそうで、小さな女の子も含めて、女子も太刀振りに参加している。 |
16時過ぎ、祭りは終わった。 この日知り合った日本に住んでいる台湾系の青年が、来るときも宮津から天橋立を歩いてきて、帰りもまた歩いていき、電車に乗る、というので、私はこの日は若狭の小浜まで行こうと思っていたので、西舞鶴駅まで車に乗せてあげることにした。 西舞鶴駅に着いたのは18時ごろだったので、前日味をしめたので、スーパーマーケットで値引きのつまみを仕入れようと近くのスーパーマーケットで検索、すぐ近くにスーパーがあって、狙い通りの値引きで、また儲けた気分。 |
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ビールは車載小型冷蔵庫でサッポロ黒ラベルをじさんしているので、日本酒を仕入れる。 今回は宮津の地酒で、純米酒。 |
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近くに道の駅もあって、この日はそこで一杯やって車中泊。 |
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