| 祭り見物 / 三重県 / 高向大社の御頭神事 |
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| 高向大社の御頭神事
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| 毎年2月第2土曜日に、伊勢市御薗町高向に鎮座する「高向(たかぶく)大社」で行われる「御頭神事」を見に行った。 今年は、2月8日で、御頭(おとう)神事は早朝から始まるので、7日に高向へ向かい、近くの「宮川ラブリバー公園」の駐車場を根城にして車中泊。 今回は、時間も十分あるので下道の23号線バイパスを走った。 前回の祭り見物で志摩波切の年迎えの行事を見行った帰り道で伊勢市から23号バイパスがあることを知り、今回は往復ともそこを走った。 10時前に家を出て、途中スーパーでおにぎりなどを仕入れ昼食休憩、また、津の道の駅で休憩して夜用に津の地酒「八千代純米酒」の1合瓶(280円)も仕入れ、16時ごろ高向大社に到着。 写真は、今回もハードディスクに保存したものが開くと画像がおかしくなってしまい、サムネイル画像をスクリーンショットでコピーして拡大したため画像があらくなってしまった。 |
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境内に入るとすぐに、それぞれ3つの「三角石」が祀られている。 |
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他にも何箇所か三角石が祀られている。 |
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祭神は「素戔嗚尊」と宗像三女神の「奥津嶋比売命(オキツシマヒメノミコト)と湍津姫命(タギツヒメノミコト)。別説に「大山祇神」と「不祥二座(高向大神と神村大神)ということで、それぞれ「海」に関係した神様で、「三角石」を祭るのは中国の海洋民族の越の末裔の少数民族「侗族」にもみられ、伊勢の地も海洋民族「越」の国だったんだろう思う。 神社の絵馬は御頭神事の獅子。 |
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神社では幟も立ち、宮司さんが明日の準備をしていて、明日の予定など教えてもらい、会所に明日燃やしてしまう作り物があるから見てくるといい、ということで町の中を歩く。 すべてではないが、多くの家では、結界のしめ縄が張られている。 |
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会所は公民館の前にあり、その横のお堂の前が「ツムギ場」と呼ばれ、明日燃やすという竹で作った塔があった。 |
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| 7日夜は地図を眺めていて公園の近く、歩いて25分ほどで行けるところに、好物の松阪牛のホルモンで有名な「一升びん 松寿亭」があるのを見つけ、浮いた高速代で贅沢をした。 「一升びん」は松阪に本店があり、もう10年以上前にTVで「松阪牛のホルモン焼きを食べれる」というのを見て、その頃は「お伊勢さん125社めぐり」をしていて、名古屋へ帰る途中、当時は本店しかなかったのでJRの松阪で降りて、焼き肉ホルモンを食べるのを楽しみにしていた。 一人だとだいたい5千円ぐらいで、今回も、上ホルモン、キモ(レバー)、ヘルシーロース(赤身ロース)、生ビール中と追加の小で、〆て4550円。 来るときはビールを飲みたいので25分歩くのは寒かったけど、帰りはポカポカ、久々の一升びんで上機嫌であった。 そして車に帰って道の駅で買ってきた純米酒をキューといって21時ごろ眠りについた。 小便で目が覚めると、外は猛烈な北西風と雪もちらつきめちゃ冷え込んでいる。 熟睡はできなかったが、5時ごろ起きて、昨日買っておいたパンと持参のコーヒーで朝食とする。 6時過ぎにとりあえず神社の駐車場へ行ったが、来賓用に一般の人はご遠慮ください、ということで公園に戻り、歩いて15分ほどで神社に戻った。 本殿前では獅子頭の準備をしていた。 |
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御頭神事については、神社の前に説明板があった。 「高向区 御頭神事 昭和52年5月19日に重要無形民俗文化財、文化庁指定(第76号) 伊勢国度会郡高向郷高向村神社記 《江戸時代の寛文四年(1664)神役人佐々木重兵衛高行が神役記録を書写》によれば、長暦2年(1038)本瀧定行なる人が、高向東北の鯛祭田の畔の大柳杏を以て御頭二頭を彫刻し両氏神(大社・鏑社)に奉献したものとある。 養和年間(1181~1182)に、郷内で天候凶変や悪疫が蔓延、その頃、氏寺の正法寺に育てられた神童木昌少年(宇須野乃社の社頭にあった神木大杉から化成した木の精といわれる)が神庫から御頭を出し長老・神役人・村役人らを従え、郷内を巡り、お祓い浄めに舞い踊って平安に暮らすことができた。御頭神事の起源はこれに始まると伝えられている。現在の布久目物の巡回は、この古事に因んだもので、祷屋制度共々、伝統ある古儀式をそのままに今に継承してきている。」 この社は、高向大社を「大社(上社)」と呼び、そこに明治時代に合祀された神様を「鏑社」といい、上社は天狗の面が添えられている角のある雄の獅子頭、鏑社は能面の添えられている雌の獅子頭で御頭神事が行われる。 獅子頭は、本殿に向かって左が「上社の雄」、右が「鏑社の雌」。 |
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8時過ぎに、祭典が始まった。 祭典は形式通り、払い所で参加者はお祓いを受け、本殿前で来賓が並び祭典が行われる。 |
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祭典が終わると、御頭神事を担う共盛団員により「日和見」が行われる。 高向共盛団のHPによると、 「これは、その日の天候を占う意味で行われます。高向神社の外へ出て、大鳥居前の不浄除け石を「ひよりや、ひよりや」と呼びかわし一周し、神前へ戻ります。」 |
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次に神前で「七起こしの舞」という獅子舞が行われる。 「舞を担う杉太夫(すぎだゆう;通称『舞い手』)が二人一組となり、高向大社、祷屋番宅、会所にて笛などの神楽を担う神楽衆の演奏で、スサノヲノミコトの八俣大蛇(ヤマタノオロチ)を退治する神話をかたどった舞が演じられます。舞は七段構成となっており、各段にストーリーがあります。」 |
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まず、大社の雄の舞。 御頭は、40kgもあるということで、御頭の準備をしていた屈強な二人が舞うのかと思ったが、一緒にいたキャシャな若者が中に入って舞ったので、意外であった。 獅子舞が行われる拝所には比較的大きな石ころが敷き詰められているので足元が不安定で舞うのも大変のようだった。 |
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そして、鏑社の雌の舞。 |
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鏑社の舞が終わると、御頭一行は、大社近くの小殿(こどの)社へ向かい「エイトー、エイトー」と唱えて二拝。その後、二手に分かれて「布久目物」へと出発していく。 「『布久目物』は、『含め物』とも書き、御頭が区内の一軒一軒を廻り、邪気払いに出る儀式です。現在は御鏡料を用意していますが、戸毎の家から差し出されるオセチや、おひねりを御頭が口に含め入れるに由来するとも言われています。「フクメモノ召されの」と声を掛け、玄関前で御頭を捧げ「エイトー、エイトー」と唱え二拝します。神祭当日一日かけて、共盛団団員が御頭を担ぎ、300軒近くの家々を廻っています。」 |
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「布久目物」の途中、祷屋へ寄って、共盛団の見せ所の「御頭振り」が行われる。 「御頭を頭の上まで持ち上げ、振りに合わせて自分の身分や役職(例えば、「舞て」「祷屋」「豆腐屋」など)を声に出します。共盛団の魅せ所です。」 |
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祷屋では、「七起しの舞」「口取り舞」の奉納や、「ダマし」があるとのことだが、腹も減ってとりあえず休憩に車に戻り、近くのスーパーへ行って、おにぎりやパン、地酒の「宮の雪山廃特別純米300ml575円を仕入れて、公園の駐車場で休んで仮眠もとり、この祭りのメインイベントの「打祭り」が21時からということで、19時すぎに会所に行った。 会所からは、皆別のところへ行く人が多いのでついていくと、祭りの夜の部のスタート地点の「ボンド(盆道)」といわれる地点にたどり着いた。 ここに「布久目物」を終わった御頭が戻ってきて、御頭は「夜間」衣装に着替える。 御頭の着替えが終わると、打祭りが始まるまで、共盛団の若衆が歌を歌って気勢を上げて御頭に殺到して御頭を守る「御棚(みたな)」とひと揉みする。 |
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何度か若衆が御頭で揉み合った後、いよいよ「打祭り」が始まった。 「夜の祭を古来より『打祭り』といって燃え上がる松明の中で行われる勇壮な行事です。共盛団や参加者全員が白無垢に着替え、ボンドと呼ばれる場所からツムギ祭場へと向かい、燃え盛る火の中を、御頭を振りながら巡ります。」 |
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「打祭り」の一行がボンドへ戻ると、一行は区の境目にある「斬祓祭場」へ向かい、「斬祓い」を行う。 「神祭の最後は区の境目にある「斬祓祭場」にて集めた邪気を祓います。日本刀で注連縄を斬り、その日本刀を御頭の頭に当て、「御頭を清めて、この世と縁を切った」という儀式です。この世と縁を切られた御頭は、再び邪気が付いてしまわないよう、すぐに衣装で包まれ、神の御頭が返還された後、ツムギ場にて高向共盛団による「お方踊り」が行われます。 |
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23時過ぎに行事は終了。 朝から晩まで、多彩な行事があって、一日しっかり楽しめた。 0時前に高向を出発して、とりあえず津の道の駅のトイレをめざした。 道の駅では車の上に雪が積もった車が沢山駐車してしていて面食らったが、この週末は日本全国大雪で、ここ三重県でも津から四日市を出るまでは、道路脇には雪が積もり、道路はガチガチに凍っていて、冬用のタイヤを着けていてよかった。 道の駅で1時間ばかり仮眠をして目が覚めたので、次の目的地の帰り道の途中にある一色町のお魚広場を目指した。 3時半ごろお魚広場の駐車場に到着。 5時ごろからお店が開くので買っておいたパンを食べて一眠り。 5時過ぎに目が覚めて、早速市場のほうへ行くと、もう沢山の人たちが買い出しに来ていた。 この日は、本マグロの60cmぐらいの若魚と殻付き牡蠣が目立ったが、私は好物のマアナゴ、6尾600g1500円とマイワシ、6尾600g500円を購入。 7時過ぎに家に帰りついて一風呂浴びて一眠り。 穴子の天ぷらと煮穴子丼、真鰯は脂ののりが素晴らしく、刺身と塩焼きで堪能した。 この2晩3日は、いい非日常を味わうことができた。 |
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