![]() |
明けましておめでとうございます。 今年も無事新年を迎えることができました。 昨年は、昨年で解放されると思っていた家のローンが、電話で確認したところまだ5年も残っていることが判明して、ガーン、5年の懲役刑を受けたような感じでした。 この年になっての5年延長はきつい。 その時、思わず吉田拓郎さんの歌、「生きていなけりゃ」が頭に浮かびました。 「 すべてのものが思い通りに いくなんて事はないだろう 誰にしたって多かれ少なかれ 苦い水の味を知っているよネ どこまで走り続ければいい 答えは今は ここにないから くいしばるしかないじゃないか 頑張ってみるしかないじゃないか 心 くだけても涙がつきても 生きていなけりゃ そう 生きていかなけりゃ」 「Amazon」の定額で色々な本や雑誌を読めるサービスの「kindle」というのがあって、昨年も色々な本や雑誌を読みましたが、そんななかで美術家の横尾忠則さんの対談の記事があり、氏は長生きすることの喜びを次のように語っています。 「100歳でも200歳でも生きた方が面白いと思う。一昨年に死んでいたらそれまでの人生だったはずが、寿命が延びたために非常に楽しい1年でした。生きるように描きながら、描くことには飽きているけれど、でも長生きしたほうが次々と未知の経験と未知の領域に遭遇しますね。」 で、私も昨年は、イスラエル人のユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史 上・下」という本に出会い、 「私たちはなぜこんな世界に住んでいるのか」 という問いに対する明快な答えを教えてもらいました。 それは、「訳者あとがき」に端的に要約されています。 「ホモ族の多くの人類種の一つで、『取るに足りない動物』だったその私たちが、いったいどうやって食物連鎖の頂点に立ち、万物の霊長を自称し、自らを(厚かましくも)『ホモ・サピエンス(『賢いヒト』の意)と名づけ、地球を支配するに至ったのか? それは、多数の見知らぬ者どうしが協力し、柔軟に物事に対処する能力をサピエンスだけが身につけたからだ、と著者は言う。・・・・・・・・・・。 このサピエンスならではの能力を可能にしたのが、想像力だ。サピエンスだけが、約7万年前の『認知革命(新しい思考と意思疎通の方法の登場)』を経て、虚構、すなわち架空の事物について語れるようになった。・・・・・・・。伝説や神話、宗教を生み出し、それを共有する者なら誰もが柔軟に協働する能力を獲得した。・・・・・・。 なを、こうした虚構は、伝説や神話にとどまらない。企業や法制度、国家や国民、さらには人権や平等や自由までもが虚構だというから驚く。」 そして1万年前の「農業革命」で定住し、統合への道を歩み始める。 「その動きを速める原動力となったのが、貨幣と帝国と宗教(イデオロギー)いう三つの普遍的秩序だった。とくに、『これまで考案されたもののうちで、貨幣は最も普遍的で、最も効率的な相互信頼の制度なのだ』と著者は言う。 さらに500年前の「科学革命」で人類の運命だけでなく、おそらく地上のあらゆる生命の運命をも変えることになる。 「科学は自らの無知を前提に、貪欲に知識を求めていった。知識の追及には費用がかかる。したがって、科学がどのような道を進むかは、イデオロギーと政治と経済の力に影響される。そのうちでも、とくに注意を向けるべきなのが、帝国主義と資本主義で、科学と帝国と資本の間のフィードバック・ループが過去500年にわたって歴史を動かす最大のエンジンだった、と著者は主張する。・・・・・。 アジアが後れをとったのは、テクノロジーが欠けていたからではなく、西洋のような『探検と征服』の精神構造と、それを支える価値観や神話、司法の組織、社会政治体制を持たなかったためだ。 進歩の概念は資本主義とも相性が良かった。将来は富の総量としてのパイが拡大すると信じることで投資に弾みがつき、それが劇的な経済発展につながり、無尽蔵ともいえるエネルギーと原材料が手に入るようになり、物質的に豊かな社会が実現した。」 「たしかにサピエンスは、かつてないほどの数に増えているのだから、生物種としては大成功だが、個々のサピエンスの幸福が増したとは決して言えない。人口の爆発的増大を可能にした農業革命のせいで、サピエンスの暮らしの質は、狩猟採集時代よりも落ち、未来への不安も招いたというのが実情だ。 大規模な協力を可能にした虚構は、人種や性別などに基づく格差や差別、搾取も生んだ。また、進歩や物質的な豊かさと幸福が相関するという証拠もない。 国家や市場の台頭は、家族とコミュニティの衰退を招いた。「進歩」に伴って起こった地球の温暖化や広範な汚染が、自らの生息環境を悪化させている可能性も高い。 もっとも、著者は時とともにすべて悪くなる一方だといった極端な見方は取らない。近代に入り、小児死亡率は大幅に低下したし、大規模な飢饉もほぼ一掃された。現代は暴力に満ちた時代などという言説は、歴史的事実に反する。もちろん、暴力は今もあるが、これほど安全な時代はかつてなかった。国家間の武力紛争も、これまでになく減少している。戦争は採算が合わず、平和の利益はあまりに大きく、国際関係の緊密化によって、各国の独立性が弱まっているから、そして、しだいに多くの人が、特定の民族や国籍の人ではなく全人類が政治的権力の正当な源泉であると信じ、人権を擁護して全人類の利益を守ることが政治の指針であるべきだと考えるようになってきているからだ。たとえ虚構であっても、自由や平等、人権の概念が以前より受け容れられて差別や搾取が減っている。」 とりあえず一度読み終えて、あまりに面白いのでもう一度読み返しています。 冒頭、 「今からおよそ140億年前、いわゆる「ビックバン」によって、物質、エネルギー、時間、空間が誕生した。私たちの宇宙の根本を成すこれらの要素の物語を「物理学」という。 物質とエネルギーはこの世に現れてから30万年ほど後に融合し始め、原子と呼ばれる複雑な構造体を成し、やがてその原子が結合して分子ができた。原子と分子とそれらの相互作用の物語を「化学」という。 およそ40億年前、地球と呼ばれる惑星の上で特定の分子が結合し、格別大きく入り組んだ構造体、すなわち有機体(生物)を作った。有機体の物語を「生物学」という。 そしておよそ7万年前、ホモ・サピエンスという種に属する生き物が、なをさら精巧な構造体、すなわち文化を形成し始めた。そうした人間文化のその後の発展を「歴史」という。 歴史の道筋は、三つの重要な革命が決めた。約7万年前に歴史を始動させた認知革命、約1万2000年前に歴史の流れを加速させた農業革命、そしてわずか500年前に始まった科学革命だ。三つ目の科学革命は、歴史に終止符を打ち、何かまったく異なる展開を引き起こす可能性が十分にある。本書ではこれら三つの革命が、人類をはじめ、この地上の生きとし生きるものにどのような影響を与えてきたのかという物語を綴っていく。」 この文章を読んでいるとき、スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」の冒頭、暗闇が続き、地球、月、太陽が並び、月の影から太陽が姿を現し「ツァラトゥストラはかく語りき」の音楽が鳴り響く場面を思い出し、頭の中で「ジャーン、ジャーン、ジャジャーン。ダンドンダンドンダンドンダンドン」と鳴り響きました。 この本が出版されたのは2014年のことで、それから10年経って著者の「文庫版 あとがき」には次のように記されています。 「それから10年がたとうとしている今、私たちは陰気にならざるをえない。人類は過去10年間に、地獄の門に向かって恐ろしいほど歩を進めてしまった。ロシアがウクライナに侵攻し、米中間の緊張が高まったせいで、突如、第三次世界大戦の勃発が現実味を帯びてきた。当然ながら、歴史はこれからの年月にも私たちを驚かせ続けるだろう。人類が今後、もっと賢明な決定を下し、この破滅の瀬戸際から遠ざかることが願われる。・・・・。」 著者は「戦争は採算が合わず、平和の利益はあまりに大きく、国際関係の緊密化によって、各国の独立性が弱まっているから・・・」と述べていますが、軍需産業国家の米国は世界中で紛争を煽って兵器を売ることに血道をあげ、2017年のトランプ大統領の登場によって世界中で「自国第一」を叫ぶ権力者たちが力を持つ時代になってしまいました。 ジョン・レノンの「イマジン」、国や宗教がなければ平和になのに、という世界観からEUが統合に向かって、各国の独立性が弱まって世界が一つになり、平和な世界に向かっていくのかと期待しましたが、その期待ははかなくも終焉してしまい、また、国、民族、宗教による分断の世界に戻っていくようです。 今年は、トランプ大統領が返り咲き、彼をとりまくお金儲けの上手な億万長者の人達が「米国第一」で世の中を牛耳っていくようです。 願わくば、彼らが、「戦争は採算が合わない」と平和な世の中にしていってくれるように願いますが、米国は、よその国に戦争をさせたり煽ったりして兵器を売り込むのを得意としていますから、商売上手なトランプ大統領ですから平和は遠ざかるばかりかもしれません。 |
|
|
| 私のお気に入りの番組NHKの「バタフライエフェクト」で一番印象に残ったのは、「ワイマール、ヒトラーを生んだ自由の国」の回でした。 「ワイマール共和国」は、第一次世界大戦末期にドイツでの革命によって誕生した民主主義国家で、全国民の平等などと基本的人権をうたったワイマール憲法の下「地球上で最も自由な国」をめざしたそうです。 「当時ベルリンは世界最先端の自由で猥雑で芸術性豊かな都市だった」、というように、人間、好景気で自由となると猥雑な世の中になってしまうようで、世界恐慌で経済が落ち込み600万人以上の失業者があふれ、ワイマールの平等主義、国際主義といった先進性に、質実剛健といったドイツの伝統的な価値観を持った人々が、その価値観を破壊されたうえに大切な仕事を奪われたことに強い怒りを抱えて、経済政策をめぐっての決められない民主主義に代わる強い指導者を求め、ヒトラーが台頭したとのことです。 まったく歴史は繰り返す。 第二次大戦後からソビエト連邦の崩壊まで、米国式民主主義が文化の力で世界を自由な世の中にしていくように思っていましたが、自由な世界は猥雑な世の中に進んでいくので、イスラム原理主義、キリスト教原理主義、日本では、「逆説の日本史」の著者、井沢元彦さんのいう明治維新以来の「天皇教」原理主義などの価値観の人達からすると、今の世の中は我慢できないものなのかもしれません。 「リベラル」というのは「自由主義」ということだろうけど、アメリカの大統領選をみていると、リベラルな民主党を支持しているのは音楽や映画で一旗あげたお金持ちと学生の人達が目立って、地道な労働者の支持を失っているように感じました。 私は、「足るを知る」をもっとうにして生きていますが、「お金」に価値をおき、永遠の経済成長をめざしている資本主義には限界がきているように感じています。 お金儲けに疎い庶民から「株投資」を名目にお金を集め、お金儲けの上手な少数の人が株という幻想を大量に売って現実のお金に替えるときにバブルが弾けて庶民は泣くことになるんではないかと思います。 |
|
|
| 昨年観た映画のベスト1は、「夜明けまでバス停で」とさせていただきます。 コロナ禍で住み込みのパートを解雇され、住むところもなく貯金も使い果たし、生きるにはゴミ箱をあさるところまで堕ちてしまいますが、ホームレスの元過激派のおじいさんと出会い語り合う中で、 「 くやしいですね。 私、まじめに生きてきたはずです。 今でも爆弾作れますか? 一度くらいちゃんの逆らってみたいんです。」 と、おじいさんの指導で爆弾を作るけど、おじいさんの機転で未遂に終わります。 権力に逆らっている「紙の爆弾」という雑誌も「kindle」で読めますが、弱い者が理不尽な権力に一指報いるには爆弾しかないのかなあ・・・・・。 もう50年ほど前、岡林信康さんが、「性と文化の革命」でこう歌っています。 「 一度団地の中を歩いてごらん どこの家庭も子供は二人か三人 何人子供をつくるかを決めるのは 給料で二人じゃない だからどこも子供の数は同じ」 私が若いころは給料が少ないながらも結婚するのは当たり前で、子供も二人か三人は養うことができたけど、今では、若者たちが子供をつくるどころか結婚もできないような世の中になってしまいました。 またこうも歌っています。 「 だけどみんな知らないうちに生きている 誰かさんの都合のいいように そんなお前に仕込んだのは、親父 おふくろ そして先公 TV 新聞 週刊誌 マスコミさ」 親の宗教教育、学校での権力に都合のいい人間を作るための教育、 権力にすり寄ったマスコミによる情報操作。 そしてコロナのパンデミック。 「今日も町を あやつり人形どもが でかいつらしてふらふら歩いていく 誰かが くしゃみをしたらみんな 風邪をひいてしまうような とてもよくできた お笑いさ」 栄養的にどうなんだろうと思わずにはいられない大企業が提供するファストフードなどで食生活がかたよって、「医食同源」、現代人は免疫力が低下しているんではないかと思っています。 西洋医学は対症療法で病気と薬の追いかけっこになっていて、製薬会社には都合がいいんだろうけれど、本来は体の健康を維持することが病気に対する根本の対策だろうと思っています。 「紙の爆弾」にも時々登場する広瀬隆さんが、その著書「「日本近現代史入門 黒い人脈と金脈」」で次のように述べています。 「 「一君万民」を謳って、幼い天皇を頂上に据えて神に祭り上げ、ほかの国民はすべて平等と宣言しておきながら、新政府は華族階級をつくり、やがて彼らに五段階の公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の爵位を与えた。かくして、政治権力を持った貴族院議員と・・・・金を握った財閥と多額納税者・・・・絶大な行政権力を握る官僚機構・・・・・武力を握る軍人と警察が、次々と市民・農民・漁民の生活をしばりあげる、このような新しいブルジョア封建社会が誕生したのである。そもそも、ブルジョア封建社会などという言葉そのものが、矛盾する二つの組み合わせであった。しかしこの成り行きは、決してウサギの腹からマムシの子供が産み落とされた現象というわけではなかった。 もし明治政府が嘘偽りのない民主政府であり、自由平等にむけて政策を進めていれば、1945年の日本敗戦・無条件降伏後に大改革が必要になるはずはなかった。維新後の5年、10年の混乱期という釈明の余地もあろうが、80年近くもそれをしなかったのだから、明治時代が民主主義とはほど遠いものであったことは、言うまでもない」 敗戦でアメリカ式民主主義が向こうからもたらされて、平和憲法が作られましたが、共産主義国の台頭にあわてたアメリカがすぐに方針転換して、あの安倍元総理のおじいさん、A級戦犯の岸信介などをまた政治の中枢に据えて防共に邁進して、その亡霊がまだ日本の中枢に居座っているように感じます。 青木冨貴子著「731 石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く」に次のようなエピソードが記されています。 「731部隊の元少年隊隊員の篠塚良雄氏が、米国の人権擁護団体に米国人とカナダ人の前で初めて講演するために招聘されたときに、第二次大戦中、人道に反する残虐行為に加担した疑いがある、とシカゴの空港で入国を拒否され、強制送還されることになった。」 そして著者は、彼にインタビューしたときのことを次のように記している。 「終戦を中国で迎えた篠塚は中国人民解放軍に逮捕され、撫順戦犯管理所に収容されたが下級部員ということで不起訴になり、1956(昭和31)年に帰国。以来、731部隊での体験について語り伝えることを自らの使命としている。米国に招聘されたのもそのためだった。アメリカ政府に入国拒否されたときのことを訊いてみると、 『ワシのような下っぱが・・・・・・』 篠塚はこう唸って宙を睨んだ。 彼の頭に浮かんだのは、軍服姿の石井四郎であり、終戦直後に『捕虜になるな』と命令した軍医部長代理など幹部の顔だった。 戦後、無事帰国した医学者たちは、大学医学部や製薬会社、国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)などの要職についた。内藤良一の創設した「日本ブラッドバンク」、後の「ミドリ十字」にも多くの元軍医や隊員が職を得たことは記した通りである。 ワシのような下っぱが、と篠塚が唸ったのは、戦犯として裁かれるべき幹部は過去に蓋をしたまま生き延び、追及もされず、米国への入国も全く問題ないのに、なぜ、自分のような下っぱだけにこんな処罰が下されるのか、自分のように部隊について証言するものにこんな処置が取られるのか、という憤りだったのである。」 「米国立公文書館で公開されているSWNCC(国務・陸軍・海軍調整委員会)とSFE(極東委員会)の極秘文書のやり取りは何百頁にも及ぶ膨大な量で、これだけの文書をタイプし、カーボン・コピーを取って関係各部にまわすお役所的な事務作業の徹底ぶりだけでも感心したくなるほどである。とはいえ、この極秘文書は民主主義と人道主義を掲げるはずのアメリカ合衆国政府が、実は、自国の安全保障のためには手段を選ばないという裏の顔をさらけ出す貴重な文書である。」 私たち日本人は、戦争に負けて、そのおかげで民主主義が向こうからやってきましたが、バタフライエフェクト「ベルリンの壁崩壊とメルケルの誕生」で、元ドイツ首相のメルケルさんは次のように述べています。 「この国に自由が向こうからやってきたのではなく、私たちが勝ち取ったのです。その裏には旧東ドイツで危険を冒してまでも自由と権利のために勝った人々がいました。だからこそ私たちは民主主義を守らなくてはなりません。民主主義はいつもそこにあるものではないのです。」 そんなドイツでも民主主義が困難を迎えているようです。 世界中で経済優先の資本主義と新自由主義で少数の持つものと大多数の持たざる者の格差がひろがり、持たざる者が権力者によって上手に分断されているようで、いやな世の中になってきたと感じざるを得ません。 |
|
|
冒頭の写真は、2012年11月25日に貴州省の雷山で行われた鼓蔵節祭りで出会った苗族の女の子の正装の民族衣装に刺繍された「蛇」です。 中国の古代神話に登場する人類創世神の「伏犧」「女媧」は、人面蛇身の兄妹・夫婦神です。 下の写真は、2012年5月21日中国四川省成都の四川博物院でみた、石棺に彫刻された「女媧」「伏犧」の像です。 「伏犧」「女媧」は、大洪水で人が死に絶えたときにただ二人瓢箪に乗って助かり、その後の人間の始祖になります。 |
![]() |
いわゆる「ノアの箱舟」で、大昔、地球上のあちこちで大洪水があって、大被害を及ぼしたようです。 この伝説も、現在の地球の有様と同じようで、温暖化は歴史は繰り返す地球の大循環の出来事なのか、二酸化炭素の排出によるものなのか、その結論は霧の中です。 |
|
|
| 今年の干支にまつわる中国の歌は、奈良の三輪の「大神神社」の神様、大物主の化身の蛇の大好物は「卵」ということで、陳琳さんの「青菜鷄蛋麵」、青菜と目玉焼きののった汁麺です。 陳琳さんの「愛就愛了」という歌がグループサンズのような雰囲気で大好きになり、中国にいたころネットでそのCDを見つけてダウンロードしたものの中に入っている曲で、私のお気に入りです。。 |
日本の食べ物ラブソングといえば遠藤賢司さんの「カレーライス」。 そして遠藤賢司さんの歌で一番好きな歌が「不滅の男」。 この歌でいつも元気をもらっています。 |
最後に、元旦にふさわしい、フランス映画の「歌え!ジャニスジョップリンのように」での主人公が、普通の主婦からジャニスになりきる時のセリフ。 「ある歌手が言った、今日は残った人生の最初の日」。 今年はどんな「未知の経験と未知の領域に遭遇」するのか、「頑張ってみるしかないじゃないか」。 |
|
|
| 2024年はこちら |