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| 04 登武那覇城跡
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| アパートから職場へ通うときに「登武那覇園地」の近くを通るので、毎朝のようにそこに寄って朝日を浴びて散歩している。 |
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ここの城跡は、他の城跡のように石垣がないので、あまり城跡という感じはしない。 「登武那覇園地」から続く舗装道路をもう少し上ると、石積みの名残の大きな石が点在する城跡がある。 ここからの眺めは素晴らしい。 |
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「登武那覇城跡(とんなはじょうあと)」については、博物館で手に入れた「久米島文化スポットガイドマップ33」によると、 ここは、町指定史跡。 「登武那覇城跡は、久米島町役場仲里庁舎の北方約500mのところにあるトンナハ山(標高120m)の南側斜面の中腹にあります。城主は伊敷索(ちなは)按司の三男で笠末若茶良(がさしわかちゃら)と称され、宇江城城や具志川城の城主と異母兄といわれています。この城は他の城が山の頂上や海に面した断崖上に築城されているのに対し、山の中腹の斜面に位置し、石垣も安山岩の大石と大石の間を小さな安山岩を野面積みにしてつないでいるだけです。城内からはグスク系土器片、須恵器類、青磁片等がわずかに確認されています。 笠末若茶良のことを歌ったオモロが数首あり、登武那覇城周辺の住民から慕われる人望厚い城主であったことがうかがえます。」 その笠末若茶良のことを歌ったオモロが一首、石に刻まれている。 |
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役場近くから見た、「トンナハ山」 |
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ここの園地には広い芝地がありそこを取り囲んで林があって、その中に「蒲葵の木」を見つけた。 やっと蒲葵の実物に出合えた。 |
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比嘉朝進著「沖縄の季節と行事」では、 「蒲葵(くば)はなぜ神木なのか (クバは方言名)」として、次のように記している。 「和名は枇榔(びろう)。漢名蒲葵。クバはマラヤ語クラバの転化という。海辺・山地に自生するヤシ科。幹は直立して20mにもなり、神が天から降りるときの依り代にするといわれ、神木として御嶽に林立している。幹は蛇のうろこ状を呈し、むかし蛇信仰のシンボルにされたという説がある。1mほどの幅広い葉は天狗の羽うちわのように広がる。黄色の花序は、並木なら市街美を添える。「クバぬ若クバや笠張てぬ美らさ・・・」と琉歌に詠まれているように、葉を編んで蓑や笠を作ったり、円形に切ってウチワとする。」 2月5日の朝に登武那覇園地から見た、「晴れと曇りの境界」。 |
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